2009年11月24日 (火)

平成二十一年度自選二句

 平成二十一年度自選二句  下村 鳴川

元日はまず妻の墓から海が美しい

また逢う日のためにしばらくのお別れ

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2009年11月20日 (金)

層雲

 長流 大阪 下村 鳴川  平成二十一年十一月

      

    柳川 木村緑平 句碑祭前夜

収穫終えた田んぼに稲株が並んでいる 福岡・柳川風景

水郷のたそがれ舟頭の唄声が流れる

有明の海を真っ赤に染めて沈んでいく

今日の疲れを柳川温泉に浮かべる

テレビ見るともなく眠っていたひとり旅

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2009年11月 2日 (月)

私の好きな俳句層雲十一月号(平成21年)

 私の好きな俳句 層雲十一月号(平成二十一年)より

順不動

はずんでる殿様バッタの政権交代      平岡 久美子

曼珠沙華千本咲いても淋しいね       平岡 久美子

おもいかけずに栗と梨と笑顔もいただく   南家 歌也子

泡と一緒に今日を飲む茄子の浅漬け     那須田 康之

茄子に味噌絡めて政権交代の風       那須田 康之

酒はどの銘柄にしょう茄子田楽       那須田 康之

いくつもの時代語られそうな歯のない口元  大軒 妙子

こんな秋の日だった疎開帰りの初登校    大軒 妙子

政権交代のポスターが睨んでいる夏の寿命  松尾 尚子

ひっそりと羽をとじ蝶の思案        大川 アツ子

芙蓉の花咲いてお隣りさん留守       大川 アツ子

過疎のバスが夕陽を追いかける       井上 泰好

あぶ足すべらせて茶わんにおちる      井上 敬雄

コスモス右に左に大きくゆれる       井上 敬雄

死ねば会えそうな新涼のころ        きむら けんじ

雲の御簾から薄化粧の月          佐瀬 広隆

働けば汗が出る幸福感           萱沼 良行

男たちの喉ぼとけがビールを呷る      平山 礼子

身重な女性に席譲る茶髪な若者の笑顔    堤 すゞ子

白い帆が夏曳いてゆく麥藁帽子       宮本 卓郎

風鈴にうちわの風を送っている夫です    伊藤 千代子

コスモス気にしていた人を尋ねる      泉沢 英子

母に似てきた鏡の顔に紅を引く       埋田 貞子

見守るしかない月日が治してくれる体    富田 彌生

潮風の音さわがしく観覧車に陽が傾いている 内藤 邦生

じりじり照りつける炎暑犬も片陰を歩く   望月 九十九山

渚の贈り物掌に載せて潮騒を聴く      斉藤 静江

くみ置いたバケツの水にある空       外山 喜代子

夕闇シルエットで判る人が近づいてくる   木俣 とき子

夕立の町で夫とざるそば食べている     竹内 オリエ

今日からはひとり立ちする秋桜       ふゆき れいこ

ひとりくらしにわのくさひく        三好 千峰

背がほっこりと温い古いちゃんちゃんこ   前田 佐知子

番犬にならない犬が尾を振って來る     内田 サヨ

ジーパン捲り上げ風呂の掃除梅雨明ける   荒金 奈留

夢とは大違いの余生 人生そんなものか   小川 蝸牛子

秋風のささやきを聴くひとり        山口 穂銘

陽だまり しばし童話の世界にいる     山口 穂銘

赤トンボ来ない庭にお盆迎える       坪倉 優美子

百日紅赤く幾年ぶりの思い新たな      坪倉 優美子

疲れた記憶に雨やみひぐらしの声(九月二十日・急逝)坪倉 優美子

やっと退職した本棚のミニチュア旅客機   池田 常男

妻に病まれて糠味噌かき廻す夜の秋     池田 常男

いつでも逢えそうな距離にいて又秋がきた  池沼 両間子

小菊群れて抜ければ近道とお庭通して貰う  池沼 両間子

指で押したら死んだ虫の天国やいずこ    岸本 寿山人

秋晴娘が勤めの暇に蒔いた大根を間引く   岸本 寿山人

藤棚の「静寂」黒揚羽ひらひら熊野(ゆや)の舞 木俣 史朗

あれもこれも星の隣にぶらさげる      小山 貴子

百日紅の花おきざり 逝ってしまった夏   斎藤 實

手応えの無い主婦の暮らしにも秋      塩地 キミヱ

これ程に言い切れるものかマニフェスト   清水 福司

政権交代の号外が街中を駆けめぐる     下村 鳴川

やっとその日が来た時代の移ろい      下村 鳴川

金木犀が無意識の庭から匂ってくる     滝沢 忠義

甘酒温めて夜がほのかに匂う        田中 伸和

さてどこへ行こうか弁当持参のシルバーシート 鶴田 育久

すらすらと詫び言云ってところてん食べている 西山 典子

競うて荒海めざす 海亀の門出けなげ    野田 有竹

いねにみがいる 秋            藤原 よし久

しつこくはなれぬいっぴきの蚊よ      藤原 よし久

打ち水についととんぼう夕べの風がうごく  松本 千英子

ほろほろ酔うて日本列島十五夜です     安田 十一

陽の照り翳り政治が変る一歩とか      吉岡 憲生

階段の手すりに手をそえて私の老い     渡野辺 寿美子

虚ろな思いが雲となって当てもなく流れていく渡野辺 朴愁

考えればこれからどうなるでもなく毎日がつづく青 まさよし

平成21112日 抄出 下村 鳴川

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2009年10月24日 (土)

全国山頭火フォーラム松山平成21年10月11日

層雲ポスト     下村 鳴川

去る十月十一日、全国山頭火フォーラム(松山)に行ってきました。松山市制百二十年、山頭火来松七十年に当たるに加えて「一草庵」周辺整備事業の完成を記念し、松山市が企画する「山頭火・一草庵祭」の一環として第十八回全国山頭火フォlラムが「市立子規記念博物館」で開催された。

全国各地からの山頭火ファンだろうか?六百余人で溢れ大盛況であった。特別記念講演にあの著名なドナルト・キーン氏を講師に迎えて「松山ゆかりの文人 子規、漱石、遼太郎、そして山頭火」流暢な日本語でとても八十七歳とは思えなかった。会場は身を乗り出すように聞き入り、感激満喫した。 

シンポジウム パネルディスカッション「種田山頭火の詩魂―時空を超えた人気の理由(わけ)は?」パネリストに村上護(作家)坪内捻典(俳人)富永鳩山(俳人・書家)和久田登生(俳人)白石司子(俳人)コーディネーターに竹田美喜(子規記念博物館 館長)。

それぞれ「私の好きな山頭火の一句」「私の紹介したい山頭火の句」三句をあげて話されるそれに合せて後方のスクリーンに句が映し出されて分かり易く好評に見えた。さすが選ばれた方々ばかりだけに会場は熱気に包まれ最高潮に達した。

ところが 坪内捻典氏の綿々とした「自由律俳句」は放哉、山頭火で終わり現在は俳句論に行き止まり最早終局に向かっているが如き自論を延々と述べ続けたのである。他のパネリストの迷惑とも戸惑い顔は一瞬にして会場内を冷水で浴びせ掛けた様に白けた。そんな、あたりから退場者が出始めた。

私は当初トイレに行ったのかと思ったがそうではなかった。不自然な雰囲気は壇上の諸先生方に見えぬ筈はなくコーディネーターの竹田美喜氏は慌てて捻典氏の言葉を遮ぎるように隣席の村上護氏に発言を求めたのであるがそんな会場の雰囲気に対応できず、「私は評論者で俳句の実作者でない」のでと、しどろもろで不甲斐なさは見られたものではなかった。

次席の和久田登生氏に期待をこめて見守った。井泉水の「自然 自己 自由」の三位体境を論じられたがマイクの扱いの不慣れか 後方席にまでは よく聞き取れなかった。

自然を愛するが故に自然を詠ふ

  自己を愛するが故に自己を詠ふ

  自由を愛するが故に自由を詠ふ

 次席の富永鳩山氏は「群妙」は自由律俳句の応援団とスローガンに掲げている割に適切な意見は述べられなかった。次席の白石司子氏は上田都史の書物をよく読んで居られ感心した。然しながら自由律俳句論はやはり荻原井泉水を於いて他になく「俳論集」「句集」「随筆」「研究書」など著書は三百五十冊を超えると云われている。現在インターネット上に千五百冊もの書物が検索できる。

上田都史は井泉水没後、いち早く井泉水に私淑していたと述べている。

「層雲」は現在 井泉水著「自然・自己・自由」を再掲載している。村上護氏、坪内捻典氏に何十年来 毎号寄贈しているにも関わらず「俳論」に行き止り放哉・山頭火で消滅しているとか消滅しつつあるとか自論を何故 展開したのか理解に苦しむところである。

 市制百二十年の記念事業に子規・漱石に加えて最近 特に評判の山頭火を迎えたものの俳句はやはり定型俳句でありたい ところから捻典氏に自由律消滅論を展開させたのではと疑念がよぎった。

以前 毎日の俳句アルファ誌に「石寒太・村上護の対談」自由律俳句消滅論を展開・掲載し一大波紋が発生したがそれに勝るとも劣らぬ、暴論と思われ救い難い方に思えた。「縁なき衆生度し難し」とは釈尊の言葉である。

不愉快極まりない。ジンポジウムであった。質問時間がなかったのも無念でだつた。懇親会で私の許にSさんTさんの不信な顔があったが宥(なだ)めるすべもなく無念をかこったしだい。遠路はるばる松山まで來るのではなかったと悔やまれた。地元の「十六夜柿の葉句会」でも大変憤慨していたようだ。

十二日 早朝思い切って電話で問い合わせると、今日は役目が終ったのでと車で朱燐洞の句碑を案内してくださる由、最近山頭火の「十六夜柿の葉句会」を復活させた高橋正治氏だ。会員は今のところ十三、四名とか。

朱燐洞の菩提寺・多聞院の句碑「倉のひまより見ゆ春の山夕月が」松山城南高校の「れうらんのはなのはるひをふらせる」三宝寺の「風ひそひそ柿の葉落としゆく月夜」いづれも遺句集「礼讃」に掲載されている。朱燐洞のお墓は十何年振りだろうか懐かしかった。前日タクシーのドライバーが散々苦労して捜してくださった。一草庵は前日に続いて時間の許す限り過ごすことができ多くの知友に会えた。実に有意義で楽しい松山の小旅であった。

    平成二十一年十月二十日 コピー記

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2009年10月10日 (土)

私の好きな俳句・平成二十一年層雲(十月号より)

  私の好きな俳句  層雲十月号(平成21年)より

順不同

あじさいの道に色とりどりの傘ゆきかう   井上 敬雄

豚喰い尽くして沖縄の空の青さよ      きむら けんじ

ひまわりの首ぐったりと総選挙       平岡 久美子

二泊三日で佛は帰った庭先のとんぼ     那須田 康之

子どものズボン濡らして波引いて行く    那須田 康之

病めば桃缶がお決まり明治生まれの母でした 大軒 妙子

朝の間違い電話許せる久しぶりのお日さま  大軒 妙子

空蝉めいっぱいの陽孕んでいる終戦の日   宮本 卓郎

かたつむりじっと もう陽がしずむ葉陰に  宮本 卓郎

記憶の破片よせ集め風が坂をころがる    大川 アツ子

遠い夏の夕ぐれ山百合の香にむせぶ     大川 アツ子

夏雲 逢えた時の言葉決めてある      南家 歌也子

夏を跨いでろくでなしが行く        平山 礼子

疑うこと知らず子猫まといつく       内野 伊織

犬と一緒に癒やされている夕風       高木 架京

腰おろしたい石がある波音を聴く      井上 泰好

風鈴遠慮がちに梅雨明けまだですか     松尾 尚子

昨日の疲れ丁寧に皺のばして干す      松尾 尚子

芙蓉の花あわく咲く疎開の記憶       泉沢 英子

大暑 料理番組見るともなく見る      沢 英子

身辺整理はかけ声だけ書斎山積みの本    埋田 貞湖子          

何をしても暑い最中のイザコザ       伊藤 千代子

吠える犬の尻尾がさみしい         伊藤 千代子

自分の腕とはいえ思いきり蚊を打つ     富田 彌生

まだ生きるつもり冬服洗う         富田 彌生

笑顔のあなたの顔が浮かぶあなたの句    内藤 邦生

酷暑、年金と云う枠の中で暮らしている   望月 九十九山

帆船海王丸が懐し御前崎港へ入る      竹内 オリエ

あの日の夾竹桃今日終戦日の日記を書く   外山 喜代子

風に姿かえてあの人がきてくれた 秋    夏目 雅子

清やかに風鈴 父の余生          ちば つゆこ

娘の夏休み私の出番ない厨         堤 すゞ子

緑に包まれ赤い郵便屋さんのバイクだ    大岳 次郎

打ち水の一瞬の涼 路地をいく       ふゆき れいこ

いちにち何することもなく雨降っている   三好 千峰

見たくも聞きたくもないニュースが流れる  三好 千峰

鬼ヶ城という古里のいい形の山       山﨑 文栄

黙って月の影に入る            磯部 燎原火

生きる喜びいただいた朝のミンミン蝉    前田 佐知子

日にちが薬 階段の一段一段        村田 徳子

梅雨の晴れ間にあれこれ梅を干す      内田 サヨ

山寺の屋根みえかくれして夏木立      荒金 奈留

水面に映えるあめんぼう空を蹴る      辻上 早百合

何かに縋りたい夕べの蔓よおまえもか    小川 蝸牛子

ほうけてる久しぶりの径          山口 穂銘

種ごとスイカを食べる炎天の味       堀切 博昭

レンジで事足りる昼餉を独りつくつく法師  木俣 とき子

やっと晴れて来た空が赤い夕陽にして沈む  青 まさよし

病妻に食事を与え食後の薬は私も飲む    池田 常男

おならしあって笑い合って老いたふたり   池田 常男

少しずれて時を打つ祖父(じい)さまの時計長生き池沼 両間子

誰も立ち止り誰も褒めるいい風くれるこの樹 池沼 両間子

苦しまずに逝きたい百迄など思わず筆もつ  岸本 寿山人

マップの入江が見えてきた次で降りよう   木俣 史朗

黒揚羽「静」演じきって去る熊野(ゆや)の藤棚木俣 史朗

げっそりやせて座っている墓石       小山 貴子

このときめきが好きひとりの女(ひと)を待っている斎藤 實

儚なげに黄色く咲いて紅く散る綿の花    塩地 キミヱ

後期高齢者追い立てられるように逝く    漬水 福司

木槿咲いて墓道きれいに草刈ってある    漬水 福司

涼風蓮華のうてなでゆれうごく水滴     下村 鳴川

新緑の風が涼しいから幽霊草が咲いている  下村 鳴川

秋風は青柿の落ちるどっしり重い音     滝沢 忠義

入道雲そのまま居座って夕焼け小焼け    滝沢 忠義

ムクゲの花咲いて風のさわやかな恋     田中 伸和

モリアオガエルが卵を産む若葉若葉     田中 伸和

指先からジャズが流れる灯の河の旋律    鶴田 育久

梅雨の舗道園児に交じり犬も急ぐ      西山 典子

日蝕は宜し 長生きの目標にいかが     野田 有竹

炎天 蟻が引く冬の蓄え          藤原 よし久

白いシーツたゝむ老妻夏が行きます     藤原 よし久

夕日の風がつつむ風化した戦の思い出    松本 千英子

祭りあけて肉屋は肉屋八百屋は八百屋    安田 十一

風が山からくる庭のツクツクホウシ     吉浦 俊雄

核は許さない鳩舞う炎天を指差す      吉岡 憲生

秋の雲 水は近くにあって手向ける     和久田 登生

草むらに一本の白百合の清しさ       渡野辺 寿美子

蝉の抜け殻が怖い幼児の大きな目      渡野辺 寿美子

会話ふと止め暑さへ脱いだ一枚       渡野辺 朴愁

 平成21年 層雲九月号より 抄出 下村 鳴川

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2009年9月23日 (水)

層雲ポスト(平成二十一年)九月

  層雲ポスト 下村 鳴川   平成二十一年九月

 

 三浦石雨遺句集・「抒情のかけら」が奥さまから贈られてきた。昭和五・六年頃の層雲の紙面に「石雨」と名が出ているから大先輩であるが、終戦時の困難時、教職を失職してからの苦難を余儀なくされたようだ。晩年の句にはそんな気概は見受けられない。長い人生観を自然に吐露した平明さがすんなり読者を魅了した。平成十八年三月二十八日歿、九十六歳。同年六月には江口一夫さん(九十六歳)九月には袴田美紀さん(七十七歳)。十一月には山本昭三さん(七十八歳)。平成十九年一月には、井川備範さん(八十六歳)。四月には吉田雅童さん(七十七歳)。九月には福島昌山人さん(六十九歳)。十月には岩本義孝さん(七十一歳)。十二月には遠藤虹水さん(九十三歳)。平成二十年の没年者なくほっとしていたところ。今年(平成二十一年)一月に竹山小夜さん(八十九歳)。   ところが九月二十日、忽然と坪倉優美子さん(七十七歳)の訃報が入り愕然とした。

 層雲上田大会の資料や写真コピーを送ったことの礼状・間をおいて長電話を頂いたのが最後となった。来年の層雲大会が京都なら是非参加したいとも云っておられた。一度、日南町へお立ち寄りくださいとも、皆さんで経営のアメダス茶屋のことなど、井川備範さん没後の「おおくさの会」のことなど、この夏、体調不良で入院されたとも、声に気弱な面も感じられたがこんなに急に逝かれるとは・・・・石雨さん以後九人の同人と三人の誌友を亡くしている。残された一人として私なりに頑張らねばと思っている。

 八月三十一日の総選挙で政権交代が実現した。号外が街中を駈けめぐった。弱者切捨ての自民・公明の連合政権に鉄槌が下された革命とも思える記念すべき日である。これから先どうなるか大いに期待している。神ぞ知るである。

 果してさういふ世が来るか、落葉してゐる (昭和七年作)

                 小澤 武二

 当時、層雲に注目された句である。井泉水も賞賛鑑賞されている。現在の層雲ならいざ知らず、当時としては異質な作品であったのかも知れない。再評価すべき作品である。層雲の新たなる変革は果たしてあるのだろうか。

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層雲 長流壇 下村鳴川

 長流 大阪  下村 鳴川 平成二十一年九月

政権交代の号外が街中を駆けめぐる

驕れる平家は久しからず盛者必衰の諺

やっとその日が来た時代の移ろい

ふっと武二の句がよぎる新たな時代

(果してさういふ世が来るか、落葉してゐる・昭和七年作・武二)

弱者切捨てた果ての落ち葉かな

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2009年9月 9日 (水)

私の好きな俳句(層雲九月号より)平成21年

私の好きな俳句・平成二十一年「層雲」九月号より

           順不動

黙して騒がずわたしだけの桜桃忌     宮島 周水

冷奴で話が弾む居酒屋のカウンター    斎藤 静江

鳶職ズボンはためかせてコンビニ弁当   宮本 卓郎

風が雲を追い月が鳥になる        南家 歌也子

田植機みるみる田を植え街にも蛙なく   山﨑 文栄

まだ少年の瞳して工事ヘルメットの汗   大軒 妙子

ちょっと声かけて近道十薬が匂う     泉沢 英子

鏡から抜け出たばかり気恥しさを急ぐ   泉沢 英子

どこかに拗ねた気持ちが時折強く降る雨  松尾 尚子

杖と歩く私に風がそっと寄りそう     大川 アツ子

生きていく身のネクタイをゆるめて締めて きむら けんじ

しずかなくらしの草をぬく        内野 伊織

父がいた頃の窓に蜻蛉がとまる      高木 架京

もう一息夕風にはずむ草刈機で      坪倉 優美子

島を出る子の大きな夢に風光る      井上 泰好

米寿、傘寿、還暦と目出度さ揃う祝い膳  堤 すゞ子

座布団におさまっている老婆の小さく   佐瀬 広隆

青空真っ直ぐな若竹           加藤 邪呑

信州のそば店すこぶる大盛り       大岳 次郎

ゆるやかなふるさとの流れなり      三好 千峰

佛さまが帰って来た鬼灯の微笑み     富田 彌生

この世に生まれたことトマト冷えている  那須田 康之

お日柄良く喉元窮屈な白いネクタイ    那須田 康之

シャンペンビール水割り披露宴酣(たけなわ)那須田 康之

髪染めてスポーツジムの明るさに馴染む  埋田 貞子

若者の歌聴きながら若いあの日のこと   内藤 邦生

可愛いお喋りが黄色の傘から溢れて通る  望月 九十九山

夫婦して手相はあまり良くない雨の一日  伊藤 千代子

声かけ合わなければ今も遠き人      竹内 オリエ

ここからは行き止まり夏薊咲いている   外山 喜代子

赤かぶの芽出揃い新しい眼鏡かけてみる  外山 喜代子

晴れ間のない梅雨を拗ねる捩花      木俣 とき子

迎え火 銀河の国からお帰りなさい    ちば つゆこ

走馬灯 にぎやか好きな母でした     ちば つゆこ

余命いくばくの手をしかと握る      堀切 博昭

師の面影追って短律の句をさぐる     堀切 博昭

カラスも恋の季節かやさしく鳴く     村田 徳子

誕生祝いの夫婦茶碗がはにかんでいる   内田 サヨ

もつれ合う蝶と赤白の帽子が下校する   荒金 奈留

病めば雑草いとおしく淡い昼月      辻上 早百合

嬉々として泣く女が芝居している     前田 佐知子

夕べ一羽に一羽が来て寄り添う雀     小川 蝸牛子

野仏の温顔へ一輪供える村の子供     小川 蝸牛子

奇 跡 を 生 き る         山口 穂銘

生きる世界が変った 浮雲        山口 穂銘

い つ か は 散 っ て し ま う 山口 穂銘

楢山まで背負ってくれる息子が欲しいと言う平山 礼子

しなやかな風に舞い上がるほたるの群れ  谷田 越子

一日雨の安らぎ別の私に着替える     谷田 越子

年齢なりに元気でと暑中見舞い届く    渡野辺 朴愁

銀行の用事早くすませてそこの茶店でゆっくりやる青 まさよし

ポストに新聞が落ちる音して起きる習性  池田 常男

テレビは何でもよく喋る今朝のわかめ汁  池田 常男

忘れかけた桃の味ここにくるり皮をむく  岸本 寿山人

風鈴にも朝のかぜ鰹節さわやかに削る   木俣 史朗

初期の初期と云われたX線の白い点    塩地 キミヱ

桑の実で口を染めひもじかったあの頃   漬水 福司

新緑の棚田は植え終えたばかりの(信州・田毎の棚田風景)下村 鳴川

姥捨山の風景が車窓に拡がる       下村 鳴川

北朗の軸が掛けてある宿のもてなし(信州・別所温泉)下村 鳴川

飲み残しの赤ワインに溺れた一匹の蛾   滝沢 忠義

雨ににじんだハガキに梅雨の文字あり   滝沢 忠義

春うらら何もないけど卵かけごはん    西山 典子

ネクタイの結び方忘れつゆが明けない   藤原 よし久

梅雨ひと時のおぼろ月蛙せわしく鳴く   松本 千英子

軍艦島を隔てる雨季 海荒れる      吉岡 憲生

手に取るようにわかった電話をきる    和久田 登生

老いに感傷はなく夕べ白粉花が匂う    渡野辺 寿美子

春蝉鳴く無言館の平和な静もり      渡野辺 寿美子

     平成二十一年九月 下村 鳴川 抄出

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2009年8月21日 (金)

層雲・長流 平成二十一年八月

 長流 大阪 下村 鳴川 平成二十一年八月

一石路が生れ育った村の新緑映える

青木村の白い花ならレンズに納める

涼風蓮華のうてなで揺れうごく水滴

新緑の光りのシャワー浴びつつ黒揚羽

新緑の風が涼しいから幽霊草が咲いている

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2009年8月19日 (水)

層雲ポスト平成二十一年八月

 層雲ポスト 下村 鳴川  平成二十一年八月

天候異変の今年の長い梅雨空も、ようやく揚がった模様です。とは歯切れの悪い例年より二十二日遅れの八月三日の気象台の近畿地方に於ける梅雨明け宣言であったが、その後もすっきりしない雨模様の天候が続いた。

甲子園の高校野球も二日続いてノーゲームとなったり。八月六日はすでに暦の上では立秋を示していた。

私の郷里近く・山口防府地方では記録的大雨による土石流による大災害による、多数の死傷者が発生した。福岡及び各地でも猛威が襲った。台湾の台風に於ける土石流災害・兵庫県作用町に於ける災害には目に覆うものがあり涙なしでは見られない。層雲会員の中では皆さん無事なのだろうか。

そこで私は多くの皆さんにお詫びを申し上げなければなりません。気象台から関東地方の梅雨明け宣言が早々にあり。当時 関西・特に大阪は晴天続きで連日三十度を越える猛暑でもあり大阪も梅雨明け宣言なされると早とちり体調不良のせいもあり、暑中お見舞い葉書を発送した。ところが記録的天候異変とも云うべきか雨天続きで多くの皆さんに不快な思いをさせた事は申し訳けありません。然しながら多くの皆さんからの励ましの返書はうれしかった。

その中にこんな書簡があった。「色彩やかな久しぶりの色使いの多い暑中お見舞い落手、兄の昔ながらの健康そうで頑丈そうな体つきには深い敬意と喜びを感じざるを得ません。毎年ゆかりの地をお訪ねのようで羨望の限りです。小生もかなり前ですが信州の別所温泉(?)に行って、確か近くに青木村のあったことを知っていまして、一石路の句碑が建ったことは知りませんでした。

鎌倉の層雲は当分休刊ということになりました。後進を育てなかったせいかな?、いつもお便り感謝。乞う御健康を。」しばらくして続書簡に「昨日は長時間電話をかけ御迷惑だったことでしょう。また申し遅れましたが、私たち 忘れがちなプロレタリヤ自由律の色々な資料大いに参考になります。小生もその昔橋本夢道宅を尋ね、娘さんより一石路との繫がりを伺ったことがあります。

さて昨日もお話ききましたことですが、我々は、どうして層雲が分裂してしまったのか。その詳細は知りませんでした。今「層雲」に所属している幹部の人たち、特に兄や朴愁氏、育久氏、久二氏、等が詳しいのでしょが、昨日の兄のお話ではほぼ兄がその全貌をご存知なのではないかと愚考致しますので、是非、記録に残して頂きたいと思います。「層雲」は井泉水一代限り、海一氏はそれを知らず「随雲」に「層雲」の命名を許したということ。あと海一氏と完吾氏の間に確執のあった様子。また浜松の会計者と鎌倉の〒との詐欺的行為(詳しいことは分かりませんが)。完吾氏が金銭には奇才を働らかしかねないこと。今後、鎌倉にある会計が気になるところではありますね。記録ができましたらご面倒でもお知らせ頂ければ幸甚です。お身体のこともありますのでご無理は申せません。兄のご長寿を期します。」この書簡に触発されるまでもなく以前から昭和五十一年五月、井泉水先生没後、平成四年八月、海一・完吾氏連名による「層雲」突然の終刊の状況を私の視点から知り得る限り実名をあげて書きあげたいと思っています。体調しだいですが?。

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