2009年6月28日 (日)

層雲全国大会(長野・上田)へ下村鳴川

 層雲ポスト  下村 鳴川

四月七日放哉忌。四月十日よたび四国遍路満願・高野山奥の院お礼まいり。四月二十六日キンダー追悼記念碑と新設山頭火句碑除幕式・披露宴の集いに出掛けた。播州山頭火句碑の園には山頭火の句碑としては日本一巨大なメイン句碑、山頭火石像など三十数基はあるだろう。それに今回の巨大追悼記念碑と句碑二基同時に除幕されたのである。驚きと云うより只々唖然としてしまうばかりだ。驚きと云えば井泉水句碑が同園から忽然と消えてしまつていたのだ。園内が狭くなったからか、それとも私の見間違いであろうか。参加者の誰一人気付いていないようだ。尋ね様にもこの参加者である。全く失望した。山頭火に対する熱々なフアンがいる反面、井泉水をはじめ自由律俳句の認識は稀薄である。

 六月に入って体調の性か急遽、層雲長野大会に行って見たい気になり、鶴田育久氏に連絡をとる。OKの即答があり嬉しかった。六年ぶりの大会参加である。事務室の池田常男氏、大会開催地の滝沢忠義氏にも連絡して於くので、どうぞとのことで有り難いと思った。然し体調がもつだらろか持病再発は死と直結する心配もあり。いざ、参加となると交通の便から検討はじめる。東海道新幹線・長野新幹線ルート。新幹線名古屋駅・中央線ルート。大阪空港・松本空港ルート。それぞれ長所・短所があり迷ったたが、思い切って中央線ルートを選んだ。帰途は東京経由とした。東京方面・浜松方面の方々とご一緒出来るのではと思われたが外れた。六年ぶりの大会でもあり実に新鮮に思えた。滝沢忠義氏をはじめ山並の会の皆さんの適任適所の応対役柄が浦島太郎のわたしを熱くした。松尾あつゆきの著者、竹村あつお氏、寂光帖荻原桂子の研究者、香山知加子さんにも会えたことは嬉しかった。思ったよりお若いのには驚いた。

層雲賞に南家歌也子さん、寿老賞に青まさよしさん、村田徳子さん、が受賞された。おめでとうございます。大会翌日の栗林一石路の青木村。戦没画学生慰霊美術館・無言館。依田川腰越橋たもとの井泉水句碑。を訪ねる計画は圧巻であった。この行事なくばわたしの大会参加は有り得なかったと思う。滝沢忠義さんをはじめ山並の会の皆さんご苦労さまでした。本當に有難う御座いました。帰阪後もご心配していたゞいた、わたしの体調すこぶるよろしく大会の余韻に今だ浸っています。呵々

平成二十一年六月 記)

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2009年6月25日 (木)

層雲全国大会へ下村鳴川

 層雲全国大会(長野・上田) 下村 鳴川 平成二十一年六月

思い立ったが吉日六年ぶりの大会

大会がすべてでない長野への思惑

体調に不安無いではない 決断する

決めた以上は悔いは残さない気持

長野へのルート決め兼ねている

なせばなる気持引き締めている

山また山よ 川また川で美しい

軽快に走る車窓は新緑の風景

なつかしい地名が放送される

なるほど振り子列車でよく揺れる(中央線)

窯元の屋根や煙突が随処に見える(多治見)

ひときわ大きな藁屋根はお寺で里山風景

ご婦人のサークルが乗り込んでくる

こざっぱりした身だしなみ楽しそう

サークルは楽しくて口々によく喋り

辺りの雰囲気は微笑ましく眺めている

やがておやつなど出たりしてよく食べる

温泉めぐりの話題に罪はない

名古屋弁が飛び交う飴玉が配られる

心配した列車酔いもなくて楽しい

恵那駅だひょいと思い浮かんだ顔

逝かれてひさいい一度来たかった

植え終わった田圃に新緑の影落とす

小枝に鳥が自慢気に啼いている

山の中腹に家々が点在している

ホタルの郷の立て看板が幻想を誘う

山峡に吊り橋が揺れるともなく影

トンネルを出るとまたトンネルに入る

山峡沿いにくらす家々の素朴な風景

コーヒーの香りが車内を和ませる

申しあわせたようにコーヒーにサンドイッチ

車窓の新緑がこころを癒やしてくれる

里山のそら鯉のぼり泳がせている

山あいの坂道をパンの配送車が登っていく

何の烟りだろう山の集落はのどかな

車内放送が浦島太郎の伝説を流す木曽・寝覚の床)

ようこそ木曽路へ大きな立看板がある

林業が盛んな小さな驛を通過する

陶器まつりがあるらしいどっと降りて行く

里山のお墓はみんなこちらを向いている

列車は4分遅れ何度も詫びる放送

山から山へ送電線が越えている

これから信濃路の看板立て掛けてある

遠山のあれが松本城です車内放送

植え終わった棚田が美しい絶景だ

日本三大車窓のひとつ田毎の里(棚田風景)

姨捨山を見せつゝゆっくり通過する

植え終わっている山影映している

こんなところで出会うなんて仏縁だ(人混みの長野驛・T氏)

まず善光寺御開帳は人波の雑踏

回向柱に觸れたくとも二時間待ちの列

この日ばかりはみんな心にほとけ念ずる

遠くからお参りすることにしてお陰さま

うら若き尼君さまのお数珠の房

一生を佛に仕える若き尼僧の横顔

これが山頭火の句碑かと見ている(すぐそこでしたか信濃路のかっこう  

一茶の句碑とならんで些か細文字

お互い達者で齢とった  (六年ぶりの層雲大会・長野)

思いのほかお元気そうでと挨拶される

すっかり浦島太郎の気分で逢うている

来年もお会いしましょうといわれる

かっこうではないが啼いている

層雲創刊百年記念の話し弾む(二年後層雲創刊百年となる)

北朗の軸が掛けてある宿のもてなし(サインは安茂里時代の北浪)

しらじら明ける信濃の朝湯貰う(別所温泉・中松屋旅館)

百姓一揆の村の新緑に来ている(栗林一石路のふるさと青木村)

ひっそり雑草の中の一石路句碑で(シャツ雑草にぶっかけておく)

やっと訪ね来れている新緑の松林(戦没画学生慰霊美術館・無言館)

久保克彦とある碑文字見つける(久保白船次男)

清流が光りを放つ新緑に映えつつ(井泉水句碑・依田川)

奇岩まぶしく水しぶきをあげる(巌於越して流るゝ風呂の烟を立てる)

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2009年6月24日 (水)

層雲 長流欄・下村鳴川

  層雲・長流欄 下村鳴川・平成二十一年六月

ひときわ大きな藁屋根はお寺で里山風景長野大会へ向かう)

里山のそら鯉のぼり泳がせている

里山のお墓はみんなこちらを向いている

植え終った田圃へ新緑の影映している

思いのほかお元気そうでと挨拶される雲長野大会)

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2009年6月11日 (木)

私の好きな俳句(平成二十一年層雲六月号より)

  私の好きな俳句(層雲六月号より)平成二十一年  

順 不 同

打ち寄せる波の執念タンゴを聴く     宮島 周水

孫のひとこと笑いの薬となる       宮島 周水

ふるさとは今きんぽうげの風の色     高木 架京

視線の中に君が居たそれだけで良かった  谷田 越子

花野 裏も表もない蝶がもつれる     井上 泰好

ありががとう口癖の子でバス停の桜    南家 歌也子

大道芸の指先にも止まる春        平岡 久美子

春朧過ぎたことは過ぎたこと       那須田 康之

春は明るく雀啼く朝の読経        那須田 康之

校庭に声なく翳り始めたさくら      大軒 妙子

目をあけて目をとじて花ふぶきの中    大川 アツ子

まんかいのさくらに小鳥かくれる     井上 敬雄

風を抱くようにスカーフ結ぶ       松尾 尚子

はつなつ花水木が蝶を咲かせる      埋田 貞子

目覚ましの鳴らんとするを見つめており  きむら けんじ

さくらはさくらの暗号紅垂れる      加藤 邪呑

介護ホームへ老母は春の雨音もなくふる  佐瀬 広隆

握った小さな手に春がかくれんぼうする  内藤 邦生

静かな雨に人影もなく葉桜癒やされている 望月 九十九山

夜がそうぞうしい木々の芽吹き      泉沢 英子

観てる人が雛人形のほほえみ       富田 彌生

疎開がついの栖に小母さんの里山     富田 彌生

春は夫の呼ぶ声が厨に届く        伊藤 千代子

花言葉は「幸運」白詰草萌え出す     外山 喜代子

芽吹いた小枝に吹きつける不況の風    木俣 とき子

痩せたぶん気短になったと言われる春   竹内 オリエ

天国でも宴らしい花片が降る       ちば つゆこ

花を求めて父の余生を旅する       ちば つゆこ

まとめてはぎちられた日めくり 思い出  夏目 雅子

世の移ろい見続け千年も咲き継ぐ桜    堤 すゞ子

けじめを胸に春雨を聞いている      金子 喜久也

どこへ行きつくこのみちをゆく      内野 伊織

窓のやもりが春をさがしている      内野 伊織

ち っ て も さ く ら       内野 伊織

日だまりみつけてねこはねこと      内野 伊織

女のパラソルが春を回していく      内野 伊織

さくらさくら風のとまどい        萱沼 良行

冬を越した風鈴の小さなほほ笑み     小堀 彰夫

夜桜にぽっかり月が浮かんでいる     三好 千峰

爆音そらを分けて北に行く不安      坪倉 優美子

どうしても触ってみたい赤ちゃんの瞳   前田 佐知子

日暮れの山里に宿の灯りが見えた     磯部 燎原火

花のしべまでぬれたとおい女の記憶    山﨑 文栄

好い日ざしのあさ缶からも芽が出る    山﨑 文栄

時々背伸びする乳母車春を呼ぶ      辻上 早百合

愚痴ばかり多くなった日々春が逝く    内田 サヨ

桃の花ついばむ目白一羽だけの朝     荒金 奈留

若葉いっせいに萌える山が動きはじめた  小川 蝸牛子

ミサイル発射とは人騒せな雨の小手毬   小川 蝸牛子

余計なもの削いで立っておられる(法隆寺・百済観音)平山 礼子

車椅子やさしい風が押してくれる     吉岡 憲生

葉桜、鳥がのど休めている        和久田 登生

ここだけの話てんぷらに塩ふる      和久田 登生

枝ゆらす風のいたずらこらえ切れず葉の散る 渡野辺 寿美子

良いのかわるいのか脳の矢印に従う     渡野辺 朴愁

どちらの窓から見ても曇っている今日の空  青 まさよし

神も仏もない難病を妻がもち       池田 常男

生きてる限り大事にしてやるしかない   池田 常男

いるのが当り前の妻がいない家の中    池田 常男

桜満開それがどうした妻に病まれて    池田 常男

病院ではひたすら待つ目を瞑って待つ   池田 常男

抜けでた筈が鏡の奥から呼び止める    木俣 史朗

俺が俺をもてあましている暗い雨     斎藤 實

杖すてて蝶になりたし、花つづくみつ   斎藤 實

島は花わたしひとりを出迎えてくれる(土庄港)下村 鳴川

お元気そうでと云われ元気に振る舞う   下村 鳴川

鏡を割れば傷ついたナルシスの自画像   滝沢 忠義

曖昧ながら祈りの結晶である善光寺の人波 滝沢 忠義

橋を渡って風が吹く遠い海鳴り      田中 伸和

背音におぼれたこともある笹舟の行方   鶴田 育久

今朝は陸つづきの春の風を渡る(小豆島エンジェルロード)鶴田 育久

遠山の雪を背に 一面菜の花咲かす    野田 有竹

経済危機 瑞穂の国から出なおす外ない  野田 有竹

せわしさも励みに春の日ゆっくり落ちていく 松本 千英子

山々新緑喧しくこの辺り古戦場      安田 十一

 平成二十一年六月 層雲より抄出 下村 鳴川

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2009年5月29日 (金)

よたび満願のお礼参り(高野山・奥の院)

 よたび満願のお礼参り(高野山奥の院)平成二十一年四月十日

            下村 鳴川

よたび満願のお礼参りにきている

いかにも聖域の巨大樹木に覆われている

結願を果たし終えた満面の顔

死んで終えばみんな静に眠っている

討ち取った者も討たれた者も今は安らか

お遍路さんのスタイル雀の出迎え

雀のご愛嬌お堂の軒から降りてくる

雀こいこいお遍路さんになついてる

満願の心構えをしきりに説くひと

ありがたや満願成就を喜んでいる

生かされていればこその命という

こころのゆたかさ信心申している

こんな時流だからこその喜びです

彷徨えるこころの暗さに一灯ともす

幾十万の墓石が林立している聖域

開創千二百年がくる悠久の静寂(高野山開創千二百年記念)

いやがうえにも心洗われている

こころのふれあい大切にしている

世界遺産登録の立て看板が随処に

高野山あげて時流に目覚めている

しあわせをしみじみ味わっている

み仏の前では素直になれる

こころの重荷を下ろし軽々

あたり前のことが当り前に見える

み山の花はまだまだ蕾が堅い(高野山)

しみじみ閑寂な聖域に浸っている

寂けさは鳥の鳴き声が木霊する

参道をさまざま行き交う足音

お遍路さんが鈴の音ころがして行く

日焼けした顔が頼もしく見える

無縁墓がピラミットのように葬られている

高野豆腐が主役の精進料理です(毛利元就菩提寺・安養院)

高野豆腐はみ山で食べてこそと云う

秀次切腹の間みんな黙って聞く(高野山総本山・金剛峰寺)

秀吉も人の子孝養の菩提寺と言う

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2009年5月26日 (火)

私の好きな俳句(層雲五月号より)平成21年

  私の好きな俳句・層雲五月号(平成二十一年)より

         順不同

父の行きたい場所へ杖が案内する   谷田 越子

つつましく生きて一りん挿しの詫助  大川 アツ子

輪をくぐりあい鳶がもつれる     高田 弄山

指が足りないくらい幸せを数える   南家 歌也子

春キャベツ真二つにミサイルが飛ぶという 平岡 久美子

遠く春雷犬も通夜に加わる      那須田 康之

波は磯に戯れている旅のつづき    那須田 康之

忘れていた裸足の感触春の芽が出る  那須田 康之

兎にも亀にもならなかった七十路の春 大軒 妙子

斜めに構えた少年の足へ猫がからみつく 松尾 尚子

鈴の音休ませ笠と笠大門をくぐる   井上 泰好

はるみずおとのきらめく      内野 伊織

かぜがほころぶ          内野 伊織

梅の花咲く二階に日のさしてくる  井上 敬雄

皆何の用あって東京駅の人だらけ  きむら けんじ

雪のふとん裾から春が覗いている  佐瀬 広隆

火をおこして夜をはじめる     平山 礼子

土のついた大根かかえた笑顔    堀切 博昭

レモン両手にふと何かいい予感   泉沢 英子

気の利いた事一つ言うでもなくメシ 伊藤 千代子

つくし袴つけて大地にまみえる   木俣 とき子

耕運機うねうね冬をめくっていく  竹内 オリエ

いびきかく猫抱いてうつらうつら  ちば つゆこ

野良犬ぶるんと雨をきる      小堀 彰夫

斜めに貼られた切手が思案している 小堀 彰夫

ぐちこぼさないつもり庭の雪掃く  坪倉 優美子

慎ましく肩よせ合った食卓のフリージャー 山﨑 文栄

みかん畠の土筆もらって卵とじの一品   山﨑 文栄

お茶の葉替えて続く女の話し       荒金 奈留

雨が小降りなって逢いに行く母の病院   内田 サヨ

これが自適の暮らしか頬杖ついて雨を見ている 小川 蝸牛子

コンヤモフブキみちのく訛が酔うている  安田 十一

春の日船に合わせたバスが港に着く    和久田 登生

きょうは打ち留めの鐘を打ち鳴らす    下村 鳴川

人生即遍路とある山頭火の文字      下村 鳴川

参道になまり言葉が群れて善光寺ご開帳  滝沢 忠義

港で犬が吠えている波音         田中 伸和

病んで冬の夕日がサングラスかけている  鶴田 育久

ちぢこまる老人 もう春よと庭隅の土筆  野田 有竹

山肌に点々と咲かす遠山の桜です     藤原 よし久

ゆうべの風が敷きつめた庭の白木蓮    松本 千英子

べっこう色いとおし形見になったブローチ 渡野辺 寿美子

人間の都合で決まる雨の善し悪し鉢の金魚 渡野辺 朴愁

今朝の金剛葛城は雲の中で春まだまだ遠い 青 まさよし

流れとも当りとも落ち着かぬ浮子を正す  池沼 両間子

歩いてまぶしい春の段差に躓く     木俣 史朗

山門が切り取った方丈の静寂     小山 貴子

足が上がらなくなった、老犬と電信柱 斎藤 實 

  平成二十一年五月号より 抄出 下村 鳴川 

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2009年5月22日 (金)

層雲長流欄

 長流 大阪 下村 鳴川 平成二十一年五月

よたび満願のお礼参りに来ている(高野山奥の院)

巨大樹木の林立しんしんと霊域(参道)

死んでしまえば敵見方なく眠っている(戦國諸大名の墓石群)

秀次切腹の間みんな黙って聞いている(金剛峰寺本堂)

高野豆腐が主役の精進料理です(安養院・毛利元就公菩提寺)

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2009年5月 1日 (金)

平成二十一 年度・放哉忌

  放哉忌(平成二十一年度)下村 鳴川 平成二十一年四月

昨夜の大雨はさておき春の大空

春の海かぜが出たらしい白波(新岡山港)

船内のさぬきうどんがよく売れている

小豆島を目ざしてお遍路さんのグループ

船内に鈴の音が心地よいはずんでいる

五、六日は掛かるらしい島のお遍路たち(歩き遍路一行)

一度は果し度いものだ島の春はいい

島は花わたしひとりを出迎えてくれる(島のT氏)

お元気そうでと云われその気でいる

さっそく島のオリーブ温泉に運んで貰う

外湯から屋島が目の前に広がる

オリーブ湯に首を浮かべ親しくなる(島のお遍路さん)

若くして忙ぎ逝ったひとのこと

歩きお遍路さんの本音がぽつり

毎年この頃島の遍路道を辿っている

わたしよりずっと若い聞いてあげる

祈っても祈っても満たされぬ思い

かぜがすっかり春をはこんでいる

島のはるオリーブ温泉からの眺め

露天風呂にひょいとすゞめがきた

島の雀がぴょんぴょんご愛きょう

お互い元気でオリーブ温泉の温かさ

二度と逢えまい島のお遍路さんとの別れ

一年ぶり馴染みの顔が夕膳に揃う(ホテル松風)

放哉が取り持つ顔が話し弾む

ほんに放哉が好きな人と相部屋となり

逢えばなつかしいふるさとの訛り

お元気そうでと云われ元気にふるまう

いつもたくさんの資料をくれる豊後の友

島は花の見ごろに来ている

こんなところにエレベーターがある(第五十三番札所・本覚寺)

老いたお遍路さんにエレベーターのサービス

石段がはるか続いている山門がある

りょうらんの花がゆれる迎えてくれる

花が海へ枝さしのべて満開です

先生の句がひらがな文字で彫られている(井泉水句碑・層雲園)

先生に見つめられひっそり建っている(桂子句碑)

供は杖同行二人にくれかかる月(井上一二句碑)

層雲諸霊供養塔の前に居並ぶ(総勢十名)

空を歩む先生の銘鐘音色よし(本覚寺・梵鐘)

撞けばリンリン島中鳴り響く

先生お手植えの松の枝ぶり(書院前庭)

お遍路さんが行き交う鈴の音

あの日の思い出が本堂の佇まい(昭和五十七年・層雲全国大会開催)

本尊は不動明王 花咲き溢れ

天を仰ぎ大銀杏が芽ぐみ始める(第五十八番札所・西光寺)

すっかり馴染みの顔が受付ている(放哉忌)

にっこりほゝえむ顔お変わりなく

定刻に放哉忌の読経が流れる

テレビカメラマンは大忙しい

わたしもシャッターチャャンスをねらう

読経の最中もお遍路さんが入り代り

重いカメラを肩にテレビカメラマンの若さ

わたしにカメラの向きを教えてくれる

よれよれ老人に見えたらしく親切

放哉ほど倖せ者はいない八十三回忌

迷路とは親切な矢印に従っていく

いつきてもなやます迷路小径で

ぞろぞろ放哉の墓参するひとびと

つぎつぎ酒がお墓にそそがれる

甘味控えめお点前の饅頭です(地元婦人会)

先生の一字書きが掛けてある

新たな句碑が除幕される(放哉門下・赤木吽亭句碑)

二代目の松がそれなりに生長している

放哉大賞を受賞した喜びを語っている

テキパキ行事が進められていく

可愛いらしい放哉たちが賞状貰う(近在の児童たち)

無事記念講演も終わりよかったよかった

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2009年4月28日 (火)

平成二十一年度・尾崎放哉忌

層雲ポスト 下村 鳴川  平成二十一年四月

すこぶる気分よく放哉忌に出掛ける。昨年より温かく晴天よろしく放哉の島、土庄港に着くわたしひとりを井上泰好氏が出迎えてくださる。お忙しいところさっそくにオリーブ温泉に案内して貰う。広い温泉施設内には色々とのんびりできる。遠くから観光バスツァーで来ている人々などで結構賑っているが存分に楽しむことが出来た。島の歩きお遍路さんと親しくお話ができた。毎年今頃小豆島の八十八ヶ所めぐりをしているとのこと約五,日は掛かるらしく、のどかに足に任せての札所めぐりで今日で三日目とか、後二日掛かるか三日かかるか。同行二人のお大師さん任せとか。亡き奥さんとの島遍路の思い出が忘れられないとつい本音がぽろり私よりずっと若い。去る三月五日、よたび四国遍路の満願を果たしたことを話すと驚いたらしくすっかり息統合弾む話しにオリーブ温泉逗留は三時間に及んだ。然しながらあちらは歩き遍路こちらはバスツァー遍路では話しにならず不甲斐ない体力を恥じる他なかった。

 放哉忌前夜の宿泊は浜松から和久田登生氏、鶴田育久氏、鈴木 憲氏、伊藤重雄氏の四人。大分の藤原よし久氏、田川の高木和子さん、松山の高村昌雄氏、山口の安田阿佐子さん、清水八重子さん、鳥取の田中昭雄氏、私を入れて十一人の宿泊であった。

 七日の放哉忌は西光寺で十時三十分開催。ホテル松風を八時過ぎ出発、本覚寺の層雲園に向かう。始めての方もあり「層雲諸霊供養塔」を訪ねた。案内は放哉友の会・森 克允氏だ。井泉水句碑「ほとけをしんずむぎのほのあおきしんじつ」。桂子句碑「夕べとなれば風が出る山荘よともし火」。井泉水筆塚。井上一二句碑「杖を洗うてくれかかる月」など隣設の鐘楼梵鐘には「水や花やさきあふれみちたたえ」(春)「地は青しはや清風の草の丈」(夏)「空を歩む朗々と月ひとり」(秋)「火よあした雪ふりさかり燃えさかる」(冬)井泉水の句が刻まれている。書院では昭和五十七年九月層雲大会が開催された。庭先には井泉水お手植えの松が見事な枝ぶりに成長している。松本久二氏、大山冬石氏、真鍋竹灯氏などのお世話であったが今は亡い。

 放哉忌は定刻に始まり。地元テレビ・新聞カメラマンが忙しく振舞う。放哉墓参。放哉大賞授賞式など行事がてきぱき進行されていく。仙台から平山礼子さんが受賞式に参加されていた。放哉記念館に新たに放哉門下の赤木吽亭の句碑が除幕された。実に晴れやかな佳き一日であった。

    平成二十一年四月七日 放哉忌にて

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2009年4月20日 (月)

長流 大阪 下村鳴川

長流 大阪 下村 鳴川 平成二十一年四月

島は花わたしひとりを出迎えてくれる 土庄港

島のお遍路さんとオリーブ温泉に浸る

お元気そうでと云われ元気に振る舞う放哉忌・西光寺

逢えばなつかしいふるさとの訛り

層雲諸霊供養塔の前に居並ぶ顔々  本覚寺・層雲園

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